不謹慎な私のワルい意見

Kow2006-06-11

エコエコアザラク [DVD]

エコエコアザラク [DVD]

マーダー・ライド・ショー SPECIAL EDITION [DVD]

マーダー・ライド・ショー SPECIAL EDITION [DVD]

メディアは放置し、
ワイドショーだけがせっせととりあげる「秋田県藤里町、小学1年米山豪憲(ごうけん)君(7)が殺害、放置された事件」だが、
「豪憲(ごうけん)君(7)」を殺したのは「畠山彩香ちゃんの母親」だと
最初からめぼしがついていたかのように、明言をさけながらも隠喩的に「そう」としか捉えられないような
報道のパッケージングが当初から行われてきていたので、
もし警察の結論から「それ」がハズれたら大変なことになりそうだよなあなどと思いながら
日曜のアレぐらいはTVで見るようにしていた。
実際のところは週刊誌がすでにさきにそういう疑惑を報じていたらしいし、
映像をみるかぎり「畠山彩香ちゃんの母親」という人物もいろいろと不審なところが多い人物
なので、分かりやすい構図がすぐできてしまう事件だから、マスコミもよろこんでパクついただけなのかもしれない。しかし僕はなんとなく違和感を感じていた。それはなぜか?


「畠山彩香ちゃんの水死」→「事故死としての捜査の手打ち」→「母親の警察の捜査体勢への不満」
→「母親が”豪憲(ごうけん)君(7)”を娘と同様に殺して、事件性をアピール」


というシナリオをワイドショーは準備し、どんどん揃えて出してきた。
で、最近は「畠山彩香ちゃんの母親」の過去や人物像へと照準がうつり、
自分の娘も自分で殺した可能性のほうへと、展開がすすめられていく。
家庭の経済状態や、生活レベル、本人の性格(「いらないものはすぐ捨てる」というコメントは、旦那に飽きてすぐ離婚したというエピソードだけでなく、子どもがウザくなったからすぐ捨てたくなったという流れへ報道を急展開させるための軸になっているように見え、そこから
一気に母親の自作自演説への流れが激しくなっているように見えた)


ワイドショーを見ていても、彼らがもっていきたい結論に有利な情報素材しか
与えられないから、客観的な別の結論を持つことは原理的にできない。
しかしそれでもいちおうは思ったことがあって、
民生委員が「いつも同じ汚れた服を着ていておなかをすかせた子どもがいる」と発言したこと
から思ったことなんだが、
「畠山彩香ちゃんの母親」というのがあんな人物であり、家事をネグレクトしている状態で
メシもつくらず子どもをぽったらかしにしているということからすると、
そんな状況でそだった「畠山彩香ちゃん」も、まわりの子どもたちから虐められる存在に
なっていたのではないか。
これはあまりに不謹慎すぎて、メディアには載らない意見だろう。


しかし旦那がおらず、たぶん働いてもいない、家事をネグレクトした母親と二人暮しで
メシもつくってもらえず汚れた服をきての暮らしの中で育ったら、周辺の子どもに溶け込むことは
むずかしい。子どもと言うのは、そういうことに敏感で、我々がガキのころにも
そういう子どもはなにかといじめられ、避けられていた。
こう考えると、下手すると「畠山彩香ちゃん」というのは、まわりのガキにいじめ殺された
可能性があるんじゃないだろうか。
しかも、下手するとそれこそ隣に住んでいる不自由ない暮らしをしていた米山豪憲君のような
元気のいい子どもたちにからかわれ、ワル乗りによって殺されたのではないだろうか。
むしろそうだからこそ
そしてそのことに実は感づいていたからこそ、「畠山彩香ちゃんの母親」は
米山豪憲君を殺さざるをえなかったのではないか?
真相をつきとめられない警察に変わって、娘の復讐を遂げるために?
そういう可能性があるのだということから、目をそむけてはいかんのではないだろうか。
子どもは純粋なピュアな天使にすぎないというファンタジーを全員で盲信しているかぎりは
本当の現実を知ることはできないのではないだろうか。
子どもは時にずる賢く、そして狡猾で、大人に媚を売ることもあれば、大人を出し抜いてボロボロにすることもある。
子どもも大人も本当は同じ、駆け引きを生きる人間だということを忘れているのではないか。
米山豪憲(ごうけん)君は7歳であり、小学一年生である。
しかし小学一年生といえども、生育が早いガキだと、大人に立派にタメ口を利いたり、
大人にはないような想像力に秀でた発想を持っていたりする。
したがってありえない話ではない。
あるいは米山豪憲(ごうけん)君(7)らが近所で遊ぶグループの中に、もう少し年長者がいて、
そこにワル乗りしやすいワルがいた、という可能性だってある。
だが警察はそういう捜査ができないし、マスコミも子どもがそういう闇の面を持っている場合
があるのだということをあまり言いたがらない。
小学生同士が殺しあったりした事件がおきたり、少年犯罪の低年齢化が騒がれたりして久しい
今日に至ってもなお、捜査・報道体制のそういうところがあまり変わっていないのはなぜなのだろうかと思う。