猛烈ボイン大学 −その28


好きなものは好きだからしょうがない!!番外編―シアワセノマホウ (角川ルビー文庫)

好きなものは好きだからしょうがない!!番外編―シアワセノマホウ (角川ルビー文庫)


しょうがなかったのだろう、とラドラムJは思った。しょうがなかったのだと。
あの後ラドラムJはもそもそとオムツをはきなおして近所の公園へと向かった。
しかしよくよく考えてみれば、なぜオムツやランドセルや麦藁帽をこれ以上着用しつづけていなければならないのか分からなかったのだが、
熊はそれを”装備しておけ”と言っていたので、結局やはりこのままでいいと思うことにした。
公園へとやってきたラドラムJ。今度はトイレに入った。そして大の方の個室に入って、スッキリしないものをスッキリさせた。
スッキリしないものをスッキリさせてみると、今度は哲学的な疑問が次から次へと頭に去来してくるようになった。
自分の人生は、一体いつからこうなってしまったのであろうか。私はなぜ、せっかく生まれてきてこんなところでオナニーをしたりしなければ
ならないのだろう。こんな無意味な人生よりも、鼻くそのほうがステキだと思わないのか、と彼は自問自答した。


好きなものは好きだからしょうがない!! 番外編―タリナイコトバ (角川ルビー文庫)

好きなものは好きだからしょうがない!! 番外編―タリナイコトバ (角川ルビー文庫)


ラドラムJの人生は、確かにこんな馬鹿げたことに巻き込まれるにはいささかもったいないような人生だったはずである。
すくなくともこれまでのところは。ラドラムJは生まれる前から、すでに20歳になるまでの教育プログラムを設計しつくしていた、
とほうもなく教育熱心な両親によって徹底した英才教育をうけて育ってきている。
生後3ヶ月のころには、一般的な5歳児レベルの知能を持っていたし、二歳になった頃にはイマニエル・カントの純粋理性批判をところどころ
間違えながらもほとんど暗唱するまでになっていた。ちょうどその頃からクイズ番組に出演して賞金を荒稼ぎするクイズ番組荒らしとして
テレビ局側に警戒されだしたりもした。
幼い頃のラドラムJは非常に攻撃的で喧嘩っ早く、しかも身長195cmもある父親の影響で非常に図体もまわりの子に比べて大きかったし、
なにかと口うるさかったので、周囲に大勢のとりまきを従えてガキ大将的な子供であった。
ところがあるとき彼は、根性試しと称して線路のレールの上に寝そべり、走ってくる電車がどれだけ近くにくるまで逃げ出さずにいられるか
というゲームを企てて仲間の一人を死亡させてしまったために、少年院でしばらく過ごしたことがあった。
少年院の退屈な生活の中で彼は哲学にめざめ、あるとき哲学論文をドイツ語でかきあげてゲッティンゲン大学のとある哲学教授に送ったところ、
ぜひとも自分の助手になってほしいと返事がきたが、彼がまだ当時13歳の子供であることを知ってあきらめ、その後”あなたの将来を楽しみにしている”という
言葉をおくられたりもしている。
そんな彼は非常に裕福な家庭に恵まれているために、特に夢もなくただ延々とこの生活を続けることだけを夢見ていたが、
あるとき驚異的なIQの持ち主が世界各国から集まってきているという猛烈ボイン大学の噂を聞きつけ、興味を持つようになった。
そして猛烈ボイン大学の例の裏口を利用して、情報"工作"科へと入学したのであった。

カンツォーネのすべて

カンツォーネのすべて


そんな彼がいまやオムツをはいて女の子用の赤のランドセルを背負い、むぎわら帽子をかぶったままで公園のトイレでアレをした後に
俺って一体何なんだろうと、自問しているのである。
結局なんなんだ、ランドセルって…、とラドラムJは言った。