宮台教授の就活原論

宮台教授の就活原論

宮台教授の就活原論

"就活でこうすれば必ず就職できるなんていうけれど、どうみたって就職できそうもない人間が読んでるじゃないか"
そんなみもふたもないメッセージを掲げ、従来の就活本とそれを読む就活生たちに喝を入れる宮台教授の本。


従来の就活本は、たとえば自己分析から自分の強みや弱みを分析し、
どういう企業にどういう風に自分をアピールすべきかを教えてくれるだろう。
あるいは例えば、企業に対する志望動機に、いかにその会社への自分の想いが強いかを
ドラマチックに語るエピソード例なんかが載っているだろう。
例えば、リストカット症候群になって今にも自殺しそうな友人がいて、その友人と二人で読んだ
ある雑誌の記事に励まされて自分も誰かの命を救えるような記事を書きたいと思ってこの雑誌社を志望しました、
的なエピソード例だ。
しかし、そんなものをいくら身に着けても、駄目なものは駄目なのだということを宮台教授は言いたいわけだ。


企業はまだそういう就活本で武装した人間を採用するかもしれないが、
そうして入った人間の3割が3年以内に会社を辞める。


それは本人にとっても会社にとってもまったく不幸なミスマッチだ。
それを後押ししてきたのが、リクナビなどの就職活動のネット化によって、大量の求人の中から
自分にあう企業を選べず、選んでも本当にそこが自分に合っているか自信を持てず不安になってしまう”適職願望”。
大量の求人の中からの選択基準はみなが一様に、CMで知ってるとか、誰でも知っている有名企業とか大企業
とか親や親戚に自慢できるとかそういう基準で志望順位がつけられ、上から順に落ちれば下の志望順位の企業へと移っていくだけだ。
ネットが就活の中心になるまでは、人はコネやツテで就職していた。そういう時代には、コネをもっている人間
自身が、大丈夫なやつかどうかを判断して大丈夫なやつを送り出して就職活動はうまく機能していた。
不相応な場所を志望していれば、あんたには無理だからやめとけよ馬鹿、と言ってくれるわけだ。
今はそういうものはあまり活きていない。
リクナビはそんなことを言ってくれないから、”もしかしたら自分はあそこに入れたのかもしれない”という未練が
残り、永遠に自分の決心が固まらない不安にさいなまれてしまう(適職幻想)。
そして永遠に大手や有名企業を受け続けて、落ち続けてニートになっていってしまう。
自分で会社を選ぶのではなく、他人からの評価で会社を選んでいれば当然そうなるだろう。


就活本とネットでの応募のおかげで企業も今や、大丈夫なやつかどうかを判断できず、
どちらかというとおっとりした感じの無難な人間ばかり採用するようになっている。
そのこと自体の問題も指摘されているが、重要なのはやはり就活本で採用されると思っている学生の、
社会がどんな人間を求めているかというイメージが間違っていることだろう。


いくら頭が良かろうが、社交性のない人間はいらないのだし、
いくら能力が高かろうが、周りの人間を不幸にする人間は集団には必要ないのだ。
そういう意味では私たちの世代は不幸だった。
なぜなら私たちは名探偵コナンの描いている"見た目は子供、頭脳は大人"とか
金田一少年の事件簿が描いている"学校の落第生、でも推理能力は祖父ゆずりの天才"とか
宇宙物理学者のスティーヴン・ホーキング博士のような"車椅子の天才物理学者"とか
のような、ギャップの大きいアンバランスな天才像を憧れの対象として見ながら育ってきた世代だから。
エヴァンゲリオンのようなパーソナリティ障害があろうが、そのままで活躍できる世界に憧れて育ってきた世代だから。
社会が求めているのはそういう戦力になるかどうかが紛らわしい人材ではないということが、
理解しにくくなるような環境を生きてきたのだから。


本書が提示しているこういう人間であるべきというあるべき像は私には以下のように理解された。


  ・社風にあわせて柔軟に自分を変えられる適応力
  ・利己的ではなく利他的な嘘がつける変わり身の早さ
  ・会社の外に自分の帰るべき人間関係を築いていること
  ・やりたくない仕事でもやれること
  ・相手の置かれた状況を察したコミュニケーションができること
  ・とてつもない人間に憧れてとてつもない狂気を移され、とてつもない努力をしたことがあること
  ・周りを助けてあげられること
  ・人前にお出しできないタイプでなく自立した一人前の大人であること


私個人はこういったあるべき像からかなりかけ離れた人間だと思う。
本書がいうところのヘタレそのものだ。
就職はブランドイメージと地元志向の天秤で選び、仕事ではまわりが見えずに自分ひとりの失敗や成功にこだわっていた。
努力するしない以前に、何を努力すればいいかをどうやって決めればいいのかすら分からない(たぶんそれは頭で決めるものではない)。
上の理想の人物像を満たすような人間は、確かにビジネスの世界にはゴロゴロいた。
確かにそういう人間が成功しているように見えた。そして繰り返しになるが自分はそういう人物像からかけはなれている。


いちばん心にささったのは下の一行だ。
"趣味の時間や家族の時間を楽しむための食い扶持だと割り切っていれば、安全牌狙いの大企業への就職で良いでしょう。
でも、「仕事での自己実現」を目指している場合は、こうした「全体性からの阻害」は良くありません。
全体性がみえる中小企業がお勧めです"
世間体にあおられてリクナビなどから大企業を選んでしまうから、就活がつらくなる。
しかし本当は、仕事にやりがいを求めるならば、複雑な組織体制の中で全貌のみえないプロジェクトの一部だけを担う
大企業を狙うのは間違った判断だ。小さな仕事であれ、自分たちで全貌のみえる仕事をしたほうが、やりがいがある。
本書はそんなことを言っているように思えた。
(実際は中小企業が大手の仕事のほんの一部を受注していて、
大手は大量の下請けをコントロールして全貌を見ている場合もあるとは思うのだが)
世間体や人からどう見られるかではなく、自分の価値観であえて中小企業を選ぶようなタイプの人間を、
本書は後押ししているように思えた。そういう人間が、人の目を気にしてオタオタするのではなく
自分の価値観に自信を持って社会に立ち向かえる自立した大人というものなのだし、そういう人間であればこそ
人前にお出しできるひとかどの人物なのだというわけである。
確かにもっともだと思う。言われてみれば、確かに就活本だけで就職活動をすることよりも、
自分は一人前だと思えるような多様な体験を積むことのほうが重要なことなのだということが分かる気がしないだろうか。



参考:
「めざせ!自分らしい就活」のブログ
http://blog.livedoor.jp/contact_ganchan/archives/51286455.html
Twitter社採用面接受験記
http://d.hatena.ne.jp/elm200/20110926/1316992422
大きな会社と小さな会社のどちらで働くべきか迷っている人へ
http://d.hatena.ne.jp/gothedistance/20090729/1248880980
本日付けで株式会社リコーを退職いたします
http://d.hatena.ne.jp/naruoga/20110930/1317351514
「面白い仕事がしたい」は本当に大事なのか
http://d.hatena.ne.jp/takeboruta/20111001/1317473835
野村證券を3年半で辞めました
http://d.hatena.ne.jp/sho_osugi/20111001/1317454223
激務ブラックと激務ホワイトを分ける条件
http://d.hatena.ne.jp/potato_gnocchi/20111023/p1
勉強できる人しか便利に暮らせない社会
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20111030/p1
大学に4年間通っていたらいつのまにか360万円の借金を負っていた
http://d.hatena.ne.jp/coconutsfine/20111031/1320071207
採用する側から見た例のマイナビの広告
http://d.hatena.ne.jp/potato_gnocchi/20111203/p1
マイナビ2013の広告が気持ち悪すぎる
http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-96.html
株式会社ドワンゴに入社しました
http://d.hatena.ne.jp/celitan/20111203/1322928610
内定率は低ければ低いほどいい
http://d.hatena.ne.jp/tokunoriben/20111208/1323354695
青田買いの何が悪い?
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20111121/ne
就職活動の原則〜僕らは何を企業に伝えなければいけないか
http://d.hatena.ne.jp/illusion566/20120221/1329823404
ブラック企業と旧日本軍』
http://d.hatena.ne.jp/Lacan2205126/20120222/1329895239
株式会社Aimingにいきます+ソーシャル就活について思ったこと
http://d.hatena.ne.jp/mizchi/20120225/1330157200