その37:サイコキネティック痴漢技術総合研究所

 果物の女王とも呼ばれたこのマンゴスチン。そして果物の王様とも呼ばれたあのドリアン。
デリケートなその食感を思いながら、総一郎は怜と深く交わっていた。
 怜の心は、謎につつまれていた。どれほど時を共にしても、その距離はある間隔以上には狭まることがない。
そのもどかしさが、総一郎を少しずつ狂わせ、ますますその関係にのめりこませていったのだろうか?


 怜は、すっくと身を起こすと、半裸のままサイドテーブルに残っていたライチの実をひとつつかみ、それを齧った。
その背中は総一郎にとって目の前にあるリアルのようでもあり、どこか遠い時代に描かれた絵画の記憶にすぎないようでもあった。
 知れば知るほど、怜は総一郎が思い描いていた何かをはるかにしのぐ深淵な疑問を呼び覚ます存在に思われた。
そしてそれは時に、総一郎の探求心を挑発すると同時に疲弊させもした。工藤怜という人間は、それほどまでに複雑で多面的でありながら、
なおかつ同時に、表層的には伽藍洞に似た何かの欠落を見せている。その欠落感は、夜の羽虫にとっての誘蛾灯のように
かねてから多くの異性を吸い寄せ、混乱させ、攪乱し、搖動させ、狂わせてしまったことだろう。
そしてその奇妙な感覚はまた、怜自身にとってもどこか誤った何かへの衝動の発生源となる。人はそこに彼女自身も気がつかぬままに自身を翻弄させている何かの予感の、秘められたその存在の感覚を
予期させられざるを得ない。端的にいうなれば、つまり工藤怜には人の注意を圧倒的に引き付ける何かのインパクトがある、ということであった。
そしてそのインパクトが彼女自身のどこから発せられているのかは、どれほど注意深く目を凝らしても、あるいはどれだけ彼女と交わっても、解明することは決してできないということでもあった。


 それは総一郎に、遠い記憶の中の孤独を思い出させた。
暗い闇の中で、少しずつ消えていく街明かりの中、ひたすら何かを待ち続けているような、そんな孤独な記憶の欠片を思い出させた。
しかしそのたびに怜は、ふと唐突に彼に身を赦し、記憶の中の別の幸せな景色と香りの中へと彼を連れ去っていくのだった。
 どこからともなく、ジョヴァンニ・パオロ・コロンナのLumen ad revelationem gentiumの調べは響いてくる。
小鳥たちの囀りであったものが、人々の合唱に変わる。カンチャナブリの隠れ家であったものが、アカプルコのバックストリートに変わる。
ここはどこで、今いつの時代なのか。今とは一体いつのことなのか。


 怜が存在した。総一郎がそこにいた。
怜は先輩社員として総一郎を指導しているように思えた。そして、総一郎はその時、怜のことをそれほどまでには強く意識していない自分に気づいた。
不思議なことだった。この怜は、どの怜なのだろう。この自分は、どの自分なのだろう。
 総一郎は昼食を一人でとることにしていた。怜はしばらくはほかの同期らと昼食を共にしていた。だが、ある時期からその同期が付き合い始めた別の同期と連れ立つようになり、
怜は一人で昼食をとるようになっていた。
女性が一人で外食するのを総一郎はあまり見かけたことがなかった。そしてある日、怜は総一郎とエレベーターを乗り合わせ、一緒に食うようになった。
総一郎がどこで食べているのかを怜は知りたかったように見えたが、そもそもやはり一人で飯を食うことが女性にとってはきついものだったのかもしれない。
総一郎がまわっているいくつかの店は、昼時に運よく二人分の席が隣り合って開くような店ではなかった。だから結局、怜が使っていた店にいくことになった。
そして怜は、いつも4人から6人用のテーブルで一人で食べていたのかもしれないことを知った。そこには何か、記憶の中の洞窟の中の吹きすさぶ風の音のようなものを感じた。
 怜はたしかに優秀なOLではあった。そしてそんな自分自身を誇りにしているようでもあった。だが、総一郎ははじめから分かっていた。
どこかで彼女は、自分の中にある本当の核の部分とは何かが矛盾し始めている。自分を守るためにどうしても彼女は、自分を演じなければならない、そういう何かがあるということが分かっていた。
 そんな遠い世界の中のもう一人のその怜について、考えているもう一人の総一郎がいた。