その38:サイコキネティック痴漢技術総合研究所


 この総一郎と、その総一郎と、あの総一郎、俺はどの総一郎なのだろうか。
 その時、総一郎と工藤怜は、とある大手ゲーム会社で出会ったようであった。
日本にはトリプルA級と呼ばれるゲーム会社が片手で数えられる数だけ存在する。二人は同じ時期にその中の一社で出会った。


 不思議なもので、教育とはとにかく若手を苦労させることなのだとされていた。
 それは、おっさんたちがそう考えていた、古い世代の考え方なのだ、ということではまったくなかった。
単になぜかそういう考え方を持つものがありとあらゆる世代に存在していて、どういうわけかどこの世界にも存在するのだった。


 -- 手取り足取り何もかもを教えるのではない、教えられることのうちのいくつかは、彼等自身が自分で再発見して自分の体になじませていかねばならない。


 その時期は丁度、次の年の新卒が入ってきた頃合いで、ピチピチと若い彼らが本社での果てしなく長い研修を終えて
現場に配属される頃でもあった。怜は、その教育係として自分が貢献できるだろうと何故か確信していた。
総一郎は昼飯に行くたびにそんなことを聞かされていた。怜はそもそも、その間ずっと総一郎を教育しているつもりであるらしかった。
たしかに、怜は経験の割にはあまりにも能力も知識も高かったが、どことなく他人にリスペクトされる何かが足りないようにも思えた。
彼女は確かにデキる。だがデキることをひけらかし、必死になりすぎていたのかもしれない。
 できれば彼女と距離をおきたいと総一郎が思い始めてしばらくののち、新人たちの一人が二人の所属するゲームタイトルのチームに配属された。
驚いたことにその彼は、外見がゲーム業界人というよりは銀行マンのようなオーラを放っているにもかかわらず、彼がうまれる前にもう存在したそのシリーズの最初のころのタイトルから
最新作にいたるまで二人よりもはるかにマニアックに知っていた。しかも変態的に細部を愛しているようであった。
 もっとも新卒というのは元々どの業界でもそういうもんではあった。怜も総一郎にもそういう時期はあった。やがて彼も、ゲーム業界人らしいチャラ男になっていくのだろう。
そう思いたいのもやまやまだったが、彼はあまりにも危険なほどデキる男だったのだ。
 その前日のミーティングで、若いメンバーしかいないそのチームは、「明日新人がくるから竹刀を買ったよ。ジャージで出社して威圧しよう。教育だ」
と言っていたが、あまりに優秀な子であるがゆえにうちのめされ、みな各自の作業にのめりこんで現実逃避しはじめざるをえなくなってしまった。


 その新人の名は、仙國九兵衛であった。総一郎と怜が二人でやっていた作業の分量が多かったので、その作業に九兵衛が入ることになった。
大した難易度はなく、ただめんどくさすぎるほどの作業ボリュームがある。責任範囲はあえて決めず、バイキング料理のように、各自残ったタスクを好きなように逐次とっていく。
その作業の中に、いくつか地雷と呼ばれる、一見そうはみえないのにありとあらゆるものに影響を与えるはげしく面倒なものが存在していたがみなそれをアンタッチャブルな問題だとして、分かっていながら口にしないでいた。
 その地雷の一つを九兵衛が踏んだ時、ついに怜がぶち切れてヒステリーを起こした。八つ当たりが始まったのである。
真夜中の23時のオフィス。誰もがもう、少なからず狂い始めるα版の期限の直前のことであった。