その105:サイコキネティック痴漢技術総合研究所


 世の中には性同一性障害というものが存在するが、工藤怜に言わせればスペッキヲは「キャラ同一性障害」だそうである。
 怜には、スペッキヲは単なる自分のキャラをわきまえていない空気の読めないイタい奴にしか見えなかった。
自分自身を勘違いしている思い込みの激しい内向的な人間にしか見えなかった。
キャラを演じていないというよりも、単に自分をその他大勢から超越した何者かだと思い込んでいるナルシストだとしか思えなかった。
何か常に、場の人間関係から距離を取り、一段上の上から目線で自分を棚に上げた批評みたいな発言をする偉ぶった小物としか感じなかった。


 自分自身のことしか知らないということ、他人を知らないということ、知ろうともしていないということを彼は彼自身で自覚していないのだと感じたのだった。
怜からすれば、彼は素であるというよりも”自分だけが人間であり他人はデフォルメされたキャラ”であるメルヘンチックな狭い妄想の中に閉じこもっている内向型の人間にすぎなかったのだ。
 そんなスペッキヲに、怜はムカムカした感じを絶えず煽られていた。スペッキヲはスペッキヲで、自分が誤解されているのだと考えていた。
そしてこの二人は、気がついていないが実はかつて生き別れた姉弟であったりもした。