その118:サイコキネティック痴漢技術総合研究所


 倉橋総一郎は、その時、職場で健康診断を受けていたのだった。
 健康診断の季節が来るということで、仕事のスケジュールは荒れ始めていた。終わった翌日の花見や飲み会の出席まで断ってしまうほど
総一郎はどことなくナイーブな一面を持つ男だったのだ。彼はむかしからそういうところがある男だった。
注射針が嫌い過ぎたのだ。彼が採血を恐れれば恐れるほど、彼の体は採血困難なカラダになっていくかのようだ。


 健康に悩みがあるということではなかった(彼はストイックすぎて元気がないことを除けば、それなりに健康的な身体だった)。
BMIの値は大抵22で体型は十数年変化していない。診断結果に異常があったこともない。


 会議室や外部向けのセミナールームに医師たちが集まり、従業員たちはあらかじめ連絡があった通り無地のTシャツ姿になって黙々と並ぶ。
尿検査のやり方は医療機関によって未だまちまちであるようだ。
 視力、聴力も特に異常はない(彼の視力は大抵1.0だが時々1.5になることがあった)。
そして採血となる。


 彼は恐れおののいた。
さまざまな光景がフラッシュバックしてくるのだった。
 彼の体は白すぎて、かつ静脈も細く、肌の色に溶け込んでまったく血管が見つからない。その為いつも採血はなんどもやり直しになる。
針をさしても血はでない。何度も何度も針を刺され、手の甲から採血するといわれたことまであった。
通常の場所以外からの採血は総一郎の体に鈍い痛みをもたらし、しかもそれは身体の深い部分から電撃の様に伝わるピュアなビリビリしたショックを伴う。


 が、今回は一発で採血は成功した。
彼は放心した。


 頭が真っ白になり、診察で何を質問されたのかも分からない。
ビルの外に出て、レントゲン車の前に並んだ時も、そうだった。


「おい」
 同僚に背中を押され、彼はハッと我に返った。
「レントゲン車がどこにいるのか分からずに敷地をぐるぐる回ってしまったよ」と彼は言った。


 総一郎は言う。
 いつも思うんだが、人は採血の瞬間に大地震が発生するかもしれないとは考えていないようだ。針が腕にささるその瞬間に巨大な震災が起き、
針は腕に突き刺さって貫通し先端が腕の反対側へ突き抜けてしまう。その状態で揺れ続ければ腕は縦横無尽に切り裂かれるかもしれない。
......そんな風には想像したことはないか? と彼はいった。
「ない」


 周囲は爆笑の渦に包まれた。
だが、その半日後に、確かに大地震が日本を襲ったことだけは事実であった。
そんな時間帯に注射を打たれている奴がいたとしたら、酔っぱらって点滴の針を打たれるアルコール中毒者ぐらいなのかもしれない。
だがあるいはもっと悲惨な、手術中の震災に遭遇している病院もあったかもしれない。
そういうことについて、考えるのはやめるべきだった。


 人間ですらフレーム問題に直面する者がいる。ラプラスの悪魔は、それを克服するために欲動のエンジンを備えている。
思考よりも優先される、思考の舵を握る欲動がプログラムされているのだ。