桜沢ゆう先生「スイッチ 性転のへきれき」KDP読書感想文

 桜沢ゆう先生というのは、クロサワコウタロウ氏に比類するほどの売り上げを叩きだしているキンドルダイレクトパブリッシング(KDP)界隈のドル箱スターの一人である。
調べてみると、氏は性転換小説の草分け的存在で、「ひろみの場合「突然の性転換」」を1997年11月に発表して以来今に至るまで作品を発表し続けているようだ。
ニューハーフ界隈というそれまでにないクラスタをKDP界隈に呼び集めた影響力ある先生だと思われる。まったく競合がおらず、一人勝ちのような状態なのかもしれない。
 芸能界でいうと、マツコ・デラックスを筆頭に、IKKO、KABA.ちゃんミッツ・マングローブ、植松晃士などオネエ系のタレントがバラエティ番組のご意見番として
重用される傾向が目立っていたのもあり、この分野はブルー・オーシャン領域であるどころかかなり可能性のある未開地だといえる。


 さてここからが、本作を読んでみた感想である。一見すると、一読しただけではこれは荒唐無稽な話だと思ったのだが、
よくよく読み返してみるとそんなに無理な飛躍でもないような内容だった。こういう物語はあまりないように思えるものの、例えばアメリカなどでは
こういうのが例えばホームドラマとして描かれていてもまったく不思議はない。男の子のように育ってしまった女の子と、女の子のように育ってしまった男の子。
二人が一学期だけ交代し、互いの家族の中で、入れ替わって生活することになる。二人は互いの家庭の中になんとか溶け込んで、受け入れられていくようになる。
一学期間だけだったはずが、お互いの家庭の中でお互いを生きる中で二人はまるで自分自身のように互いを理解し合い、やがてもとには戻れない転機が……ということである。
物語の中で急に主語が入れ替わっていくのを追っていくと、かつて読書で味わったことのない独特の感覚を体験するだろう。本当にスイッチしてしまうのだ。


 しかもこの作品は横書きである。そしてさまざまな文芸的な作法をあえて破っている。そのせいなのか、あるいはKDP作家と呼ばれる人たちが
内輪の仲間で閉じこもった世界しかみていないからなのか、KDP作家たちには桜沢ゆう先生の姿が映っていないようだ。