RPGツクールがあってもゲームを作れない人が多かった理由


RPGツクールは中々優れたツールで、今で言うところのゲームエンジン+素材みたいなツールであった。
だが、それを与えられても、ゲームを完成させられる人は結構限定されてしまっていた。
素材もあり、プログラミングしなくてもいいのだが、それでも作れない理由は、
レベルデザインという要素が実は見落とされていたせいだろう。ゲームのゲーム性とは、見た目やユーザビリティやシステム(ルール)以上に
難易度のバランスが重要なのだが、そのデザインの方法論は、全然議論されてきたことがない。


レベルデザインというのは、難易度の設計のことである。
序盤はサクサク進んだほうがいいし、中盤は歯ごたえがあり、後半はギリギリの勝負になるべきである。
だが、それをどうやって作りこめばいいのかは、ひたすら作っては壊し作っては壊しの連続でしかないと思われていた。


だが実際は、ゴールとか正解の攻略法の設定からスタートするものなのだと思った。
そのイベントは、何レベルのプレイヤーが、直前で手に入る何々を装備したパラメーターで、何分かけてどんな戦法で戦った時に勝てるイベントなのかというところを決め、
それ以外の攻略法が困難になるようなモンスターなりダンジョンなりを段階的なレベルデザインによって配置することによって
難易度をコントロールしていくものなのだと(正解攻略法の決定からスタートする)。
そもそもそのイベントは最短ルートで何レベルで到達できる場所で起こるイベントなのかをマップデザインで調整し、
平均何歩ごとにエンカウントがあるかそのエリアの平均経験値はいくらなのか、などの設定でそこへの到達レベルをコントロールし、直前の街や宝箱で入手できる装備でパラメータをコントロール
一番いい条件では勝てる、もしくはギリギリになるようなそれぞれのパラメーターを計算で設計する。


序盤であれば力押しが通用するように緩めに作るが、後半はあらかじめ設定した正解の攻略法を激しく複雑化しつつ、その複雑な方法以外の方法では
攻略不能である可能性が高まるようなパラメーター設計を徐々に後半に向かえば向かうほど難しく組んでいくわけだ。
それはまるで、詰め将棋に似てくる。


無駄をなくせば攻略できることが明らかなほど、ギリギリで負ける。
あとほんの一工夫するだけで、勝てるかもしれないが今は負けてしまう。そういうバランスを後半で作りこむ。
そういう事がゲームのデザインなのだが、大抵は見落とされて、魅力的なキャラクターや、シナリオや、BGMや、それっぽいシステムだけで満足してしまう。
簡単すぎでは飽きてしまい、難しすぎては萎える。
工夫したときだけクリアできる難易度を、少しずつ難易度をきびしくしながらも曲線的に設計することのむずかしさみたいなものが
実はゲーム制作の心臓部分なのだと思う。


完膚なきまでに叩きのめされ続けたり、あるいは逆に簡単すぎて退屈したりしないような、ギリギリの緊張感になるようなバランスを計算し設計していく事が
重要だという事、それをどうやって計算し構築していったらいいかということ。
これが実は、RPGツクールであれなんであれ、ゲームを完成させるために必要でありつつも忘れられがちが核の部分だと思う。
要するに、システムや、シナリオや、絵や、サウンド、映像などの素材が全部そろっただけでは、ゲームにはならないのだ。難易度の設計が、その世界の意味を活かしも殺しもするのだ。
勝てもしない戦いには挑戦しても無意味なのだし、楽すぎる挑戦は、退屈すぎてつまらない。
歯ごたえのあるチャレンジの連続になるようなレベルデザインは、プレイヤーとキャラクターの成長曲線を精密に予測、設計した上で表計算的に設計され作りこまれている。
ゲームとはそうやって作りこまれているという事は、実は案外、気づかれていない気がする。
そしてそういうものが必要だということが理解されていないために、RPGツクールがあろうが素材が全部あろうが、ゲームは完成しない事が多いんだろうと思う。