私には夢がある


 私には夢がある。
 たくましい人もそうでない人も、
それぞれが自分なりに頑張った結果が適正に評価される世の中で暮らしたいという夢である。


 資本主義のシステムはすでに行き詰まりを迎えているかに思えるし、
共産主義的な思想への回帰の動きが
そこかしこで始まっているかに思えた。
 しかしかつて、ベルリンの壁を打ち砕いたのは戦争でも冷戦でもなく若者だったことを忘れてはいない。
知識人がマルクスをどれだけ礼賛したところで人類は物質的な豊かさと自由を求め、
若者たちは自ら壁を壊して共産主義が終わったことを忘れてはいない。
 やはり人間には資本主義しかないという現実から、
今更逃れることはできない。


 では資本主義の問題とは一体なんなのだろうか、と考えると、
 資本主義の問題というよりもむしろ、
人間が元々平等に生まれていないという不公平感が存在するという事が問題であるように思われた。
それはまるで、フェアプレイのルールの上で行われる八百長のように、
どれだけ頑張っても、優勝者がはじめから裏で決められている試合を思わせる。
そしてそれを生み出している権益や、利権、
あるいは巨大な財閥の跡取り御曹司と平民の間にあるような不公平さのようなものを
法的に無効にする仕組みについて考えてみた。
 あるいはまた、オリンピックに対するパラリンピックのような、
ハンデを背負っていても努力が報われる仕組みについて考えてみた。
社会は学校とは異なり、
プロセス(努力)ではなく結果だけで評価されるのだという現実を痛感したときに感じる矛盾に対して
努力の量に応じて適性に評価を与えられる仕組みというものを、
考えてみたのである。


 そうして生み出された思考をかつて私は小説として表現した。


それがクリスタル・クレバスという短編小説である。


 たくましい人もそうでない人も、それぞれが自分なりに頑張った結果が適正に評価される世の中で暮らしたい、
そう思う革命家の人生を描いた作品である。