不満や未練を、何のせいにしているのか

マズローの法則ってのをちょっと思い出していた。

1.生理的欲求(食欲・睡眠・性欲)
2.安全性欲求(住居・衣服・貯金)
3.社会的欲求(友情・協同・人間関係)
4.自我の欲求(他人からの尊敬・評価される・昇進)
5.自己実現欲求(潜在的能力を最大限発揮して思うがままに動かす)

という奴だ。欲求は、低次の欲求がある程度満たされると徐々により高次の欲求へ向かっていく。
高次の欲求を持つと、低次の欲求はどうでもよくなっていく。


Twitter民は、生理的欲求の話だけしている。Facebook民は、自我の欲求の話ばかりして「いいね!」し合っている。


だがそういう事はどうでもいいとして、
この欲求の階層は、その人が感じている不満や未練を”何のせい”だと考えるかに直接的に影を落としていると思う。


例えば、不満や未練を、仲間がおらず嫌われているせいでと考えるなら、社会的欲求の段階かもしれないし、
カネがないせいで、と考えるなら、安全性欲求の段階かもしれない。
愛し理解しあって共感しあえる人がいないと考えるのは、どの段階なのだろう。


いずれにしても不満や未練みたいなものは常に湧いてきて、
何かのせいだと思ってそれを解決しても、消えないので上の次元の欲求に向かっていくというものなのであろう。


何かのせいだと思ってそれを解決しようとしても、その不満や未練自体は残るのだということである。
だったら、何のせいにもせず、一段上の欲求を自分で自分に求めるようになることができるようになれば
目の前の不満や未練は、どうでもいい問題だと気づくこともできるのかもしれない。