仕事の進め方が、たまによくわからなくなる

 一体、いつまでそんなことを言ってるんだと言われるかもしれない。
 学生時代のバイトも含めれば10年以上もIT業界の仕事をしてるけれど、それでも未だに迷う。


 それはつまり、誰の為に仕事をするのかってことかもしれない。
簡単に言えば、一番楽なのは直接依頼してくれてる相手のために、言われた通りの事を言われたまんまやる
ということで、十分なはずなのだ。


 ただ、依頼してくれている人も、手一杯だから依頼をくれているわけで、
何をどのようにするのが正解なのかは、まだイメージすらないことだってあるかもしれない。


 そういう時には、ただ言われたことをそのままやっても、依頼してくれた人が本当に思い描いたものが
達成されないことだってある。お行儀よく、言われたままやって、言われるまで待っているだけでは
全然前にすすまないことだってある。


 これこれはこういう意味なのか、これはこういう風にしてもいいか、等など相手の言っている事を
同じ意味の別の表現におきかえてみてこういう認識であっているかと何度も尋ね返しながら、
普通以上にマメに合意を取りながら、言われた事というよりも、求められた結果と同じものを達成するために
与えられたものだけでなく自分の持っているものを活かしながら結果を固めていければ理想だと思う。


 しかし、ふと油断するとやっぱり、
言われた通りにやりゃいいんじゃないか、失敗したとしても言われた通りやってるだけなのだから自分は悪くないじゃないか、
であるとか、
自分の責任じゃないものがあまりにも多く絡んでいて、自分は自分のところだけやって
失敗してもそんなものは知らん、
であるとか
自分の責任範囲はここからここまでだけで、後の部分はどうなっても関係ない、であるとか
とりあえず自分の身を守る為に必要な事をやるだけやって、結果はどうなっても知らんよという風になってしまいがちだ。


 結果よりも自分はちゃんとやっただろ、という過程のほうを重視して
失敗しても責任は感じずにすむためだけに動いてしまいがちだ。


 でも、案外、無関係な他人から見れば、やることやったかどうかなんて、過程がちゃんとしてたかどうかなんて、
自分の範囲だけはちゃんとやれていたかどうかなんて、ほとんど関係がなく
失敗したら、関わった奴は無能だろ、としか思われなかったりもする。


 そう思われたくないから、ほとんど不可能に思えても、責任範囲があやふやに思えても、
やらなくていいことのように思えても、自分が関わったものが失敗して、そして無能だと思われるのが嫌だから
だんだんと身の丈を超えたことに首をつっこみはじめるようになったりもする。


 でも、それも違うような気がする。そうじゃなくて、何かがあやふやな状態なら、それを整理する専門的なポジションみたいなものが
いつもどこでも、欠けているだけのような気もする。
そういうポジションが埋まってさえいれば、
マニュアル人間しかいなかったとしても、自分の責任範囲しか興味ないと主張する職人しかいなかったとしても、目的に対するあやふやな手段をキッチリした段取りへと整理して
誰もがそのまんま動くだけで目的が達成されるように、完全にうまく回るはずなのかもしれない。


 だがこの業界で、そんな素晴らしいことができている環境を、いまだかつて知らない。
だから、結局は、誰も自分の責任範囲に閉じこもることはできないし、言われた通りの事だけをやっているだけでは目的は達成されず、
しかしなんでうまくいかなかったのかという暗黙の非難の目を、まったく無関係な人達から浴びせられるのが嫌ならば
責任のなすりつけ合いをするのかあるいは、
自己犠牲的にすべてを引き受けて生贄的にがんばるのか
みたいな数字に表れてこないような苦労を背負ったりして、やっていくしかないんでしょうか。


 世の中にはマジで能力はめっちゃ高いけれど、絶え間なくトラブルに巻き込まれて
あんなに能力あってなんで失敗するんだろと思われてる人が、そこら中にウヨウヨしている。
本人らの責任ではなくて、別の誰かのせいだろうと言われないと納得いかないような。
でも、本当はそうじゃなくて、色々なことに巻き込まれまいと勝手に責任範囲を引きあって、最終的に誰も責任を持たない領域がいつも火を噴いて修羅場に
なっていたりもするのではないか。


 まあ、それを個々が必要以上のことをすることでまかなうというのが業界の慣例だけど、上流工程的なものをミッチリやらない仕事の仕方が主流になって
責任分担があやふやになってきてるのが本当はまずいんじゃないかとか、まあおれが考えてもショウガナイようなことを想ったりもした。