他人の苦しみなり苦労なりを理解できるとは思わない


 他人の苦しみなり苦労なりについては、どれだけ想像力を巡らせても実は理解することはできないという風な
スタンスをとる方が、むしろ誠実なのかもしれない。


 実際には、イメージでどれだけそれを味わった気になったとしても
体験しなければ、本当のところ、実は常にそれは理解しきれるものではないのだから。


 自分はいつも、それを分かった気になって、そしてそれを軽んじて扱って、その重さを重いと思う人たちの考えに割り込もうとして
そして相手を思いやったつもりで実はエゴイスティックな欲求を伝えてしまっていた。


 だから、自分は本当に嫌な人間なのだと思う。
 そういう人間が嫌われるのは、自覚のないエゴイストだからだと思う。
自分は他人の気持ちを深く考えているという事を自分に装った、実は他人を分かった気になっているだけのエゴイストだからだと思う。


 それは分かった気になることに対する罰でしかない。
 うまくいかなかったとしてもそれは他人を甘く見た罪に対する、当たり前の報いでしかないのかもしれない。