人格類型の人生哲学


 色々な人達の生き方を能力と意識の軸から観察して分類してみると、以下の4つの累計の型があることに気がついた。

 A. スキルレベル高/意識レベル高 「問題解決力のある親分肌」
 B. スキルレベル高/意識レベル低 「頭のいいナマケモノ
 C. スキルレベル低/意識レベル高 「意識だけ高い系」
 D. スキルレベル低/意識レベル低 「遊び人」


 結論から申し上げると、この4つの類型の中で一番幸福感の高そうなパターンは、「B」であった。
 彼らは、自分が直面する問題に対する解決能力を持った上で、気負う事もなくプレッシャーも少ない。
大抵の人間は、人生経験の中で自然にこの「B」に向かっていくが、その「B」の中で一部の人間が役割を与えられて「A」になる。


 そして一番、可哀想なのは「D」ではなく「C」である。
 この「C」のパターンは、実は本人自身は自分を「A」だという誤った自己イメージを持っている事が多い。
身の丈以上の自負心を抱いて苦労するものの、問題解決能力の不足によって、結果が出ない。
誰かが助け舟をださなかったとしたら、その意識の高さによって他人をも巻き込んで、本人も周囲も不幸になってしまう。
何よりも一番ストレスを受けるであろうタイプが、この類型である。


 「A」は、「C」がスキルレベルを身に着けて「A」になるのではなく、実際には「B」の一部が役割を与えられることで「A」になる。
だが不思議なことに世の中では「C」の人間がスキルを身につけで「A」になるという幻想を生み出し続けることによって、
「C」の人たちだけが余計に苦しめられるような状況が生まれているように思える。
だが、現実には「C」が「A」になるためには、実は一旦「B」を経由することが必要だったりするという事が、こういう分類を行う上で見えてくる。


 私は個人的には「B」の生き方に憧れを抱くものの、一番共感を覚えるのは「C」の人々である。
「C」の人々の、自分も周囲も不幸にさせている身の丈に合わない気負いを消滅させ、「B」に至ってほしいとどうしても思う。
その為に下記のような方策をリストアップすることができた。

 1. スキルレベルの低さを自覚せざるを得ない状況のセットアップ
 2. 本人にも周囲にも身の丈以上になっているモチベーションを、萎えさす各種誘惑
 3. 自分よりも意識が低いにもかかわらず自分よりもスキルレベルの高い人物との遭遇


 これらのような方策によって、本人の気負いを和らげることで、スキルレベルを上げると同時に意識レベルを一旦下げる方向へと
誘導することが、たぶん「C」がより幸せな「B」の方向へ向かう上では有意な成果を上げると考えられる。


 また、「B」の人間については、一見「D」の人間のように見えるため第一印象はあまりよくないが、「B」の人間は「A」や「C」よりも
「D」の人々によって歓迎されているケースが多いようだ。「A」の人間は、「B」の人間よりも、「C」の人間に尊敬されている為、
世の中に「C」のタイプが量産されてしまうのかもしれない。