自分がおかしい人間であるということ


 過去記事をみていると、自分がおかしくなっていったのは、5月の末からだということがハッキリ見える。
 スチリフの杜に眠る脅威が攻略困難すぎておかしくなったのではないか、
と思ってしまうところだが、思い返してみるとそうではないと思う。


 あの頃、とある飲み会があった。
 そしてその後、色々な事が変わった。その中で自分が、壊れ始めていったのだ。


 それまでかろうじてコントロールできていたものが、もうコントロールできず、表にあふれ出してしまう。
考えてみれば何もかも前もって、想定できたことだった。
 けれど自分は自分の気持ちを、それまでと同じように抑圧できると考えていた。なぜならそれはそうしなければ
子供じみた人間すぎるからだった。


 来たばかりの頃から、あの人は末席を選びがちの人だった。飲み会でもそういう末席に
彼女はポツンと座っていた。他の人々はあの巨大な部屋のほとんど対角線上に集まっていた。
それを見て自分は、頭がクラクラし、何も考えられないほど動揺した。その前から、そもそも、何かが嫌だった。
自分をコントロールしきれるのだろうか?


 私は自分をコントロールし続けることを初めから決めていた。自動的に体が、対角線上に離れた両者の
ほとんど間の誰もいない席を選んだ。ただ、なんとなく、その後、あの人の方を見た。
 普段、私はあの人を意識しないようにしていた。どれだけ気になっても、気にしない風に努めていた。
だから真正面からあの人を見ること自体が驚くほど久しぶりだった。その時のあの人は、
髪型から服装、メイクに至るまで、いつもと全然違って見えた。都会的な洗練された落ち着いた品に似た
何かが出ていた。記憶にあるどんな印象とも違っていた。それを見て、なぜか自分が嬉しい気持ちになるのを感じた。
互いに周囲には誰も座っていなかった。あの人も、座った私の方を見た。しかし、目が合うようで、微妙に
合っていないように見えた。私の席のその横の、誰もいない席にあの人の目は向いているように見えた。
そしてその顔は、何かを瞬時に考えるように斜め向こうに視線が逸れ、そしてその後、前と後ろの席に
あの人と組んだことのあるお兄さんと、あの人と同年齢のお兄さんとが座った。続けざまに人が集まって、
私はどんどん奥の方へと流され、奥の方へと次第次第に席が移され、いつのまにか部屋の丁度ど真ん中にいた。


 私の頭はカラッポだった。何かを考えた瞬間に、哀しみを感じてしまいそうだった。
自分は本当にこういうことを望んでいたのだろうか。


 隣に、とある偉い方が座った。そして乾杯と共に私は一気にそれを飲み干した。昔、あの人と二人、昼飯を食った時
むかしの職場では平日でもよく飲みに行ったと聞いたことがある。最初に三人のグラスが空いた。
私と、あの人と、そして、なぜだか話題の合う、隣のもう一人の偉い人だった。


 どれだけ酔っても、自分は理性をそんなには失わない。アルコールには遺伝的に弱いはずだと思う。
しかし、訓練によって自分は血中濃度が常人の限界を超えていても最低限の生きている脳の部位だけで、自制心を保つことができるように
かなり若いころからなっている。
酒の場で必要とされる、明るく賑やかな人間になるために、必要な努力だった。酒の場で失敗しないためにも、必要な努力だった。
そのようにして私は、声の届く全員に一人ひとり前々から考えていた質問を投げ、世辞をいい、互いがいい気分になれるような
会話を十分にとった。その場において、自分ができるセルフコントロールのすべてを達したと思う。
 そして、最終的には、隣のお偉い方と意気投合し、誰もが仰天するほど、イメージが変わったと後から言われるような掛け合いを続けた。
しかしその間中、視線の端に、あの人は目に入ってしまう。なぜか落ち込んで俯いたり、隣の席のお兄さんに、不満げに冗談のパンチを出したり、
そして、テーブルの上に身を乗り出して向かい側のお兄さんのヒゲを触っている姿が目に入り、そのたびごとに、
一瞬思考が消滅しそうになった。それは嫉妬心のような感じだった。
 朝、人が満員のエレベーターの中で、気がつかないまま後ろにいたあの人に、後頭部を触られて振り返ると「おはよう」と言われたことを思い出す。
 しかし、そういう気持ちは、誰にも関係がなかった。恐らく自分にもあの人にすらも、今はもう関係がなかった。
私は、しゃべり続けた。そしてその飲み会の帰り道、どういうわけだか改札前で、カバンの中から何かを探しているのか、あるいはスマホで何かを調べていたのか
立ち止まっていたあの人の背中を突然見つけ、私は自分の気持ちを抑える何かが最後の最後にギリギリで暴発する寸前を感じた。
その人の名前をふざけた調子で叫び、みんな心配してましたで〜?!と
意味不明な事をその背中に大声で言って、顔も見ず振り返ることなく改札を抜け、その場を去った。
 何が言いたいのか、自分が一番、わからなかった。あの人は、微動だにしなかった。普通に考えてみれば、”怖い”とだけ思ったかもしれない。
不器用とか、そういうレベルではないのだった。完全に、おかしい行動だった。


 そしてまた、普通の日常がやってきた。しかし私のイメージは変わったらしかった。ほとんど皆から、酒飲んでから会社来た方がいいんじゃない?と
冗談で言われるぐらいだった。相変わらず日中はテンションが低い私を心配してなのか、あるいは酒の席で話しかけたことがきっかけなのか、
おじさんたちに昼飯を誘われるようになった。しかし私は、だいぶ前に、あの人と二人で食事に行ったことを思い出し、そして、
何かが違うと感じながら、そのズレをどうにもできなくなっていくことを感じ、週末になるたびに、何も手につかず、(そしてスチリフの杜も難しすぎて攻略できず)
一日中、あの人のことを妄想してしまうようになっていった。今どこで何をしていて、何を考えているのだろう。しかしその想像は、すべて間違っているにちがいなかった。
私たちは、びっくりするぐらいライフスタイルが違う。あの人は週末ですらほとんど家にいないと言っていた。ジムに通っていると聞いたことがあった。


 仕事上でも、なるべく目を合わせないように、意識しないようにしながらも、あの人が今何をしているのか、気になって
まったく関係ないのに、不要な指摘をチャットで送ってしまった。事務的な返答が返ってきて、胸が痛んだ。けれど、今にして思えば、すでにあの時、
あの人はもう退職が決まっていたのかもしれない。仕事とは関係ない昔、昼食時に聞いた話や、チャットで昔使っていたサムネイル画像を選んだ理由などを
聞きたくて、投げてみても仕事中に雑談するのが苦手なんだ、お気遣いありがとうございますと、返ってきた。でも、何かの表現や、私用での早退などから
なんとなくその時は気がついて、転職しようとしているのではと書いてしまった時がある。返答はなかった。わけのわからない妄想を勝手にしてしまったことを謝罪し、
その後も、かみ合わないチャットがあった。もう関わるのをやめたいと思った。意識しないように仕事に打ち込んで、そして体調を崩した。
 私が休んだその日、まったく知らなかったが、その人は最終出社日を迎えていた。


 飲み会の席で話していて知ったが、私とあの時となりにいたもう一人の偉い人は、誕生日が同じだった。
 その話にあの人は突然大声で割り込んできて「私は9月なので無理ですね!?」と叫んだ。一体、何が無理だったのだろう。
無理じゃない。何が無理なのか分からないけれど、全然無理じゃないのに、と思った。


 もう二度と会えないと分かっても未だにそのことばかり考えてしまう。どうして、いつもこうなのだろう。
私たちはお互いボロボロに傷つきあうために出会っただけなのだろうか。