「心が叫びたがってるんだ」


 劇場にて、「心が叫びたがってるんだ」を観た。
 昨日、アニメ版を見ていた。
 アニメ版の担任の教師の声優は、ファイナルファンタジー15のアーデンの声優だった。ついでにどういうわけだか、
私はさらにその前日に、赤坂駅にある赤坂うまやで卵かけご飯を食っていた。
それらはあまり関係がないことかもしれない。タマゴが、物語中では極めて重要なカギのように扱われてはいた。
それは最終的には、成瀬順自身が、タマゴだったかのように強引に解決されていく(タマゴの呪いなんて無かったんだ、と)。
両親の別離についてのトラウマが、彼女に自分自身による罰としての呪いをかける。
おしゃべりであることが原因で起きた不幸の罰を、自分自身に与え続けるという呪いであった。
かくして彼女は言葉を失う。
しかし彼女は、ミュージカルの脚本を書くと言う形で、そして歌うという形で、自分に起きたことを抽象的に物語として
大勢に説明する営みを開始していく。


 であるとすれば、彼女はその過程で、自分自身の外傷を無意識から顕在意識に引き出す事で、その克服を図れるのかもしれない。
ある意味においては、それは物語中まさにその通りに展開した。
 坂上君は、その台本の物語から、行方不明になった成瀬順の居場所を、その物語≒外傷の原点である城(それは実はラブホである)であることを察して
彼女を見つけ出す。そして、成瀬順の言葉の”せいで”ではなく”おかげで”自分たちは斜に構えて諦めていた事を口に出して伝え合えるようになった事を打ち明ける。


 成瀬順の恋はそこで破れている。それはとても不思議で、違和感のある破れ方だ。
彼等が口に出して伝え合えるようになった事は、それまで言えなかった坂上君と仁藤 菜月との間の恋の告白でもあったからだ。
だが、逆にそのことによって成瀬順は、一層神秘的というか、誰の恨みもかわない特権的な位相に急に浮かび上がったともいえるかもしれない。
その後のミュージカルシーンは、人を超えた尊い迷いのない表情に光っていた。


 観ていて思い出さざるを得ない。私は17歳の頃、やはり片思いをしていた。だから、作中で、成瀬順と坂上君が恍惚としてピアノを弾いているシーンを
偶然廊下から見てしまう仁藤 菜月の、その後の行動に異常に感情移入してしまった。彼女はまるで、坂上君のことなどどうでもいいと思っているかのように
振舞ってしまう。そのことの哀しみが完全に解決されるとき、今度はその告白シーンを偶然成瀬順に目撃されてしまう。成瀬は走り出す。
この一連の流れがとてつもなく切ない。(でも実は成瀬はそこで哀しみのあまり駆け出したにもかかわらず、結局坂上君と結ばれる事には、ならない)


 自分が17歳の頃は、そういうドラマティックなことは何もなかった。勝手に妄想して、映画館でデートしたいと妄想して、
地元のショッピングモールの映画館に下見するつもりで、ついでに当時話題だったマトリックスを一人で観たものだった。


 あれから17年たって、この映画を劇場で一緒に観てくれる女性と巡り合えた。
何か色々、自分の人生に渦巻いていた屈折が晴れるような、とても幸せな一日だったと思う。
色んなワガママをきいてくれて、ありがとうございました。今日の思い出は一生の宝物です。