あるお話その1

 おはよう。今日は実に興味深い天気だね。ご機嫌はいかがかね。そういえば君、ふと話したいことがあるのを思い出したのできいてもらいたい。
それは、ある人物についての物語だ。この物語はそう、ある秋晴れの朝から始まるのだ。京浜東北線に乗った私は、電車の中から一人の男を発見する。
その人物の背格好になにかしら見覚えがあるような気がして、私は電車を降り、ガードレール沿いを歩いてくるその男を駅で待ったのだった。
さきほど吹いていた涼やかなが風が止み、日差しは雲の中に身を潜め、彼の顔は陰って見えた。彼は私のすぐそばでふと何かに気づいたように立ち止まり、
「……何だ」と言った。
 私はたしかに彼に見覚えを感じた。しかしその見覚えがなんなのかその時もまだよくわからなかった。私は「何でもない」と答えたが、立ち去れなかった。
彼は、私の横を横切るように駅へ消えていく。


 彼について私は考えていた。考えれば考えるほど、彼は誰かに似ている。その誰かの話を語りたい、私はその話を、ほかでもなく君に聞いてもらいたいのである。
揺れながら遠のいていく彼の後ろ髪に、私はその物語を思い出した。潜めていた風が、再び息を吹き返した。