あるお話その40

 パソコン部の掲示板に張られたURLを、Kはクリックした。
 その掲示板にたびたび訪れる謎の書き込みの主は、どうやら部のOBなのではないかという風に考えられるようになっていた。そのURLの先に、インポテンツの安達さんという謎の文章が記されている。


 どうも安達さんという人物は、クラスの担任と同じぐらいの年齢層の人物なのらしい。職にあぶれて小説を書いているが、小説仲間の女性に強引に言い寄って付き合うようになり、毎週女性宅に通い詰めてはエッチをしていたのだという。そのうちに彼女の同情をかって一緒に住むようになったが、チンコが中折れするのでエッチがうまくいかないという悩み事が、そこにはつらつらと記されていたのだ。安達さんは性欲が強く、一日に四、五回もオナニーしているというのだが、その歳までずっと童貞だったらしい。エロ動画やエロ画像ではすぐイクが、逆にそのせいか現実のセックスだとうまくいかない体になってしまっているという。童貞とは言えど、素人童貞なのらしく、若いころに風俗でゴム有りでしたことはあるのだという。しかし実際のエッチは、それとはまた違う。ファンタジーだけではなく、生々しい生活と連続した、非日常ではない日常の中の色々が折り重なったプレッシャーの中での出来事なのだ、と安達さんは警鐘を鳴らすのだった。その安達さんという人物が、どこか自分の将来の姿であるように思えて、Kはその一語一語にのめり込んだ。


 その晩、目の前に安達さんという顏のない男は現れた。
「人間は、オルガズムに達する瞬間、ナルシストになる」と安達さんは言った。「それまでは相手をいかにして相手の欲望をそそるか、刺激するかに注意を払っているが、イクときは別だ」
 安達さんは人差し指を立てて、おまえさんのことだ、という風に指を上下させる。その動作は、Kを苛立たせる。
「おれはちがう。おれはセックスの達人だからな」
「人は誰でもそう思っているのだ。壁にぶち当たるまではずっと……おれもそうだった。だからお前もだ」
 安達さんの顔はないが、ニヤニヤと笑っている気配が漂う。同じ穴のムジナだ……と決めつけられてしまうのだ。
「……」
 ペキ、という音がした。知らぬ間にKは、歯ぎしりをしていた。自分はちがう、と思っても、それを証明する方法はKにはない。そして確かに、安達さんはKの未来の姿のように思えもする。


「イクことだけが、セックスじゃないよ」矢吹の声がした。その声にKの股間はすぐさま怒張する。
 イクことだけがセックスじゃないとしても、Kの股間は、いきり立ったように怒張しているのだ。Kは矢吹の気配に向かって駆け出した。
「それでいい。それでいいんだ」と安達さんは言った。
 矢吹の気配は急速にある色合いをとって空間にその存在を形どり始める。黄金色の光の中に生まれたばかりの白い肉感が果肉のようにさらけ出てくる。それはよくしなった立体的な曲面が織りなす流線形の果肉だ。温かい湯気を帯びてその官能をもてあますかのように、訴えかけてくる。快感を感じるために研ぎ澄まされた高精細のセンサー類の塊。全身性感帯のボインだ! Kは焦った。はやく、はやく、一刻もはやく! 呼吸が乱れ、Kは股間を突き出すようにして、走り幅跳びのように跳躍した。そして矢吹の肉体に飛びつこうとするまさにその刹那、Kの意識は落雷に撃ち抜かれて飛んだ。世界が白い爆発によって粉砕され、バラバラの記号の欠片に分解されたままになった。Kは自分の頭骨が地面に転がるのを、幽体離脱したかのように、自分の頭上から見下ろしている自分に混乱した。
「それでいい。それでいいんだ」と安達さんは言った。