久しぶりに雨が降った日のこと

 北海道、鹿追町に住み始めて、5年の月日が過ぎようとしていた。

 ログハウスを思わせる木造の家は、いつでも森の匂いがした。目を覚ますと、納屋に行って薪を運ぶ。暖炉の火をつついて、暖をとるのだ。

 作りがやや華奢な我が家は、家というよりもコテージといったほうがいい。雨漏りや隙間風など、年中どこかが痛むので、そのたびにホームセンターで道具を揃えて修繕にチャレンジする。

 

 近所に住む波左間さんがやってきて、わかさぎが釣れるんで、今から行くけど一緒にどうかと言う。

「おーいどうする」

 彼女を起こして、聞いてみた。早速着替えた彼女と、軽トラックに乗り込む。氷原の世界が広がってくる。

 車を止めて、荷台からテントと、道具を出す。氷の上に穴を開けて、そこにテントを設営するのらしい。テントの中で寝転びながら穴に釣り針を垂らして釣るつもりなのだ。

 こりゃあいいなと思う。最高の暮らしだ。寝ていれば魚がかかる、釣り上げたらその場でさばいて、もう食べるだけである。

 

「いい暮らしですね」

 波左間さんのほうを見た。あれ? と思った。

 

「どうしたんですか?」

 波左間さんは深刻な顔をしていた。お腹でも下したみたいな顔つきだ。

「実は、来週でお別れなんです」

 

 そして私は、波左間さんがこの街を去ること、そして年老いた両親の住む街へ戻ることを知ったのだった。

「なかなか言い出せなくて、だから最後に、ここに来てほしかった。伝えられてよかった。いままでありがとう」

 

「えっ? あれ?」

 波左間さんはポロポロと泣き出してしまう。思わずわかさぎを口に突っ込んでしまう。なんでなんだろう。どうしてこんなときに。

「だめだよハサちゃん、ちゃんと釣って」

 彼女は、腹を立てている。

「わかりました」

 

 でも、もう何もかもがぼんやりとしてしまう。そうか、波左間さんとももうすぐお別れなのか。いろんな人々と出会い、そして別れてきて、もう別れを悲しむ苦しさにもなれたようなつもりだった。それでも、寂しく感じてしまう。

「わたしのこと、どう思ってたの?」

 と彼女が言った。

 波左間さんは目を伏せ、ちらりと僕を見た。そして何かを言おうとして、やめた。そして笑いだしてしまった。彼はそういう人だった。いい人はみんな旅立っていく。

 

 久しぶりに雨が降ったとき、ぼくらはいつもそのことを思い返すだろう。色んな人に気をつかって、自分の思いを押しころして苦笑いするその人の笑顔を思い出の中に探すだろう。そこには果たして……。

「ねえどおする」

 彼女の声にハッと我にかえる。行ってみると、驚いた。だいぶ前に補修した天井が、また雨漏りしている。コーキング材を買いにいこう、となる。だましだまし補強して、なんとかやっていく毎日は、もちろんこれからも続いていくのだった。ときどき立ち止まりながらも、明日の来るほうをむいて生きるしか、しょうがない。