ドイツ人

 ドイツ人がいた。

 むかし埼玉の企業の面接を受けた際、彼があなたの上司になりますと紹介されたドイツ人だった。その会社の内定を断ったころから、自宅付近でそのドイツ人に似た人影を見かけるようになった。

 ふと振り返るとピョンととびあがり、電柱の影に身をひそめる。何がしたいのか、何を考えているのかまったくわからなかった。

 

 郵便受けに、ドイツ製の下着とともに浣腸セットが入っているのを見たが、くしゃみに驚いて飛び起きたのでそれが夢だと分かった。一体どこからどこまでが夢だったのだろう。

 軽く着替えて外に出て、ジョギングをすることにした。精神的な疲労は、体を動かすとすっきりすることが多いらしい。ドイツ人がいた。彼は郵便受けにチラシを入れていた。ケーキ屋を開いたのでよろしくお願いしますというチラシだった。よく見るとその人は、ドイツ人ですらなかった。走って走って、坂の上に出る。風の中に潮の匂いがただよっている気がする。後は坂をまっすぐ下れば、浜辺なのだった。