ポール・グレアム氏のエッセイのように

 ポール・グレアム氏のあのハッカーと画家というエッセイが好きだった。どこへいってしまったのかわからなくなったけど本屋に見つけて、続編のいくつかを買おうかなと思って立ち読みしたのだが、なんとなく迷って、止めてしまった。しかしああいう、コードと随筆が入り混じったような文章が好きだ。それは美しく知的に見える。伊藤計劃氏のハーモニーを、彼女の歯医者に付き添いで言った時、本棚に見つけて立ち読みしたのだが、もっと洗練された形があるように思っていたところで、思い出したのだと思う。プログラマーはコードだけで何かを主張しようとしてしまいがちだ。コードはそれ自体が思想だからである。コードは政治であり、哲学であり、法であり、現実に人々の選択肢を支配しているように思える。アーキテクチャは人を駆り立てるエンジンのような働きをしている。だが、それ自体は、関係者しか読み解くことができない暗号にすぎない。今、必要なのはもっと公のコードだ。それはドレスコードのように、人々を引き立てあるいは制約する。