劇場型犯罪

 アキヲの事を覚えている。

 彼との出会いは新鮮な驚きだった。当時、人生に行き詰まりを感じていた私は、新しい方向性を模索する中で新聞配達員の道を選択していた。

 

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 そこで出会ったアキヲは、絵の道を志すアマチュア芸術家だった。アマチュア芸術家、という言い方は少し誤解を招くかもしれない。そのころをの彼はpixivに絵を投稿する絵師をやりながら、新聞を配達して生計を立てていた。アキヲに誘われてカラオケに行った時、見知らぬ男が同席していた。その男は口数が少なかった。おれも、知らない人間を伴っているのがやりにくく、気まずさを感じた。アキヲはおれと彼を引き合わせさえすれば、自然に気が合って打ち解けるだろう、と思っていたらしい。それはあまりにもおれという人間を買いかぶっている。男の名は渋谷英二。二十代前半の、システムエンジニアだという。

 おれは席を立ち、トイレに抜け出した。

 放尿しながら思った。しんどいな......、アキヲともこれで切れるかな、と考えた。

 

 

アクションピザッツ 2019年5月号 [雑誌]

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 当時私は、Thorを利用したダークウェブ上に、「RED ROOM」という映像配信サービスを公開していた。ニコ生の匿名版、とてでもいえば分かりやすいだろう。完全に匿名な配信サービスなため、すぐに違法な配信がはびこる無法地帯になった。ナイジェリアの人身売買ネットワーク絡みの、”赤ちゃん工場”に拉致された女性を撮影した配信では、視聴者の残忍なコメントに応じて、リアルタイムの拷問風景が生放送され、暗号通貨での投げ銭が飛び交った。

 

 外で煙草を吸い、このままタクシーを拾ってバックれようかと思った。だがバックれたとしても、またその先、息苦しい闇の中で悪夢にうなされ続けるだけである。新聞配達は、自分が堅気の世界に足をつっこみ正気でいるための唯一の支えだ。そしてそこにいつづけるためには、今ここでバックれているわけにはいかない。首を振って、独り言をつぶやき、灰皿にタバコをもみ消す。闇の中で小雨が降りしきる音がする。おれはアキヲと渋谷英二が待つカラオケルームに戻った。

 部屋では、アキヲが渋谷英二に殴られて血を流していた。渋谷英二にとっても、おれと引き合わされるのは不快だったらしい。アキヲは、ただヘラヘラと笑って、どうして、なんで、と言って両手を小さく上げて無抵抗のポーズをとっている。渋谷英二は、おれの顔をみると決まりの悪いようすで、テーブルを蹴って、上着をとり、出ていこうとした。

「待ってくれよ」

 とおれは言った。

「おまえは誰なんだ。こいつに聞いても、何もわかりゃしねえ」

 渋谷はアキヲを睨んだ。

「そうか......」

 おれが誰なのか、おれも知らない。おれは何物でもない。おれであるにすぎない。

「おまえは、誰だ。どこの誰なんだ」

 渋谷は名刺を取り出して、放り投げた。

「新聞配達員じゃない何かさ」

 

 

アクションピザッツ 2018年4月号 [雑誌]

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 それから彼は、いろいろなことをまくしたてた。自分がいかに優れているか。どれだけまともで、苦労を重ねながら挫折せずにそれを乗り越えてきたか。多くの挫折していった仲間たちと自分がどう違うと思うか。そして時代の潮流。次なる時代への予測。いかにして生きるべきかを彼は滔々と語り続けた。そうこうするうちに、おれは渋谷がとても優秀な人間である、と感じるようになった。非常にものをよくわかっていて、賢く、才能に満ち満ちていて、将来とても力を持つことになる、大勢の人々に尊敬されることになる、と感じるようになった。

 渋谷が語り続けると、だんだんとアキヲは、落ち込み始めた。はじめはどうしたのか気になったが、だんだん渋谷の熱量に圧倒され、気にする余裕もなくなっていった。

 渋谷は、電話をかけた。すると、渋谷の愛人だという女がやってきた。けばけばしい厚化粧の派手なギャルだった。驚いたことのそのギャルは、自分は有名芸能人が通い詰めるようなネイルサロンのオーナーだと言った。アキヲは、何かにおびえたようになり、酒を注文し続けた。やがて、スキンヘッドの大男たちがニコニコしながらやってきて、自分たちは六本木ヒルズに住んでいるデザイナーです、と言った。彼らは皆、このままでは次の時代についていけなくなる、いまの教育も、常識も、通用しなくなる、というようなことを議論しだした。最先端の理論を学ぼう、幸せになるにはそれしかない、というのである。

「幸せをよびこみましょうヨ」とギャルは言った。

「今度、東京ドームを貸し切ってどでかいイベントをやります。私の思想でわかりにくいことがあったら、私の著書を読んでみてくれ。すごくわかりやすくかみ砕いて説明している。ジンジン大学の教授からも推薦を受けているよ」とスキンヘッドは言った。

「そうですか、読んで猛勉強します」

「圧倒的に、成長できるね」

 ああすごい、業界を代表する企業のカリスマたちと、自分はこんなに仲良くなれたんだなあ、生きていけるなあ、とおれは思った。

 

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 翌朝、目を覚ましてみると、カラオケルームには誰もいなくなっていた。飲み散らかされたシャンパンと、割れたグラス。食い散らかったピザ。コンドーム。一体、何があったのだろう。小便をもらしたようなアンモニア臭もした。酒に何か混ぜられていたのかもしれない。テーブルの上に、伝票があった。20万円になっていた。

 スマホをみると、ジンジン大学の教授が推薦しているという愚にもつかない分厚い駄文の塊を何十冊も注文したことになっていた。すでに自宅に配送済みのようだ。アキヲにLINEを送った。既読にならなかった。ブロックされたのだと思った。新聞配達の仲間に連絡をとろうとしても、誰も連絡がつかなかった。そんなことがありえるのだろうか......。きつねにつままれたような気分だった。

 

 再びアキヲの顔を見たのは、それから3年後のことだった。テレビを見ていたら、ワインソムリエとして紹介されている男の顔が、アキヲの顔だった。しかしそのワインソムリエについてググッてみても、何の情報も得られなかった。もちろんジンジン大学とやらについても、何も定かなことは分からないままである。