恐怖の大王

 恐怖の大王が森の中から蘇らんとしている。

 地獄の窯の蓋が地鳴りのような音を立て始め、やがて細かい振動が徐々に徐々に強さを増してきている。復活なのだ。いよいよあの忌まわしい物語が、唐突な眠りによって暫し中断されたままとなっていたあの物語が、再び動き始めようとしている。死が、恐怖が村を覆いつくし、疑心暗鬼が深い霧のように冷たく空を覆わんとする。怒りに満ちた人々の表情が燃え、ついには共食いの因襲に従う。東の大国と西の大国とが緊張感をたぎらせ、間に位置する島国は、右往左往するだろう。商人の血が騒ぎ始める。戦争で一山当てようとわなわなしている。酒が、肉が、美女が、美少年が、喜びのあまりに数珠を握って空を拝みだす。山が動くと涙があとから後から溢れ出て、もう止めることができなくなった。

 

ベテルギウス!」

 暗闇の中で、雄叫びに似た叫びが響き渡った。その声は、殺意とも驚嘆ともつかぬ悲愴に満ち満ちて震える。闇の中から一人の男がぬっと出る。黒い外套に全身が隠れ、まるでうごめく黒い影のようなその姿は、不吉の象徴である。男は、杖をふるいあげ、そしてまた叫んだ。

「思弁的実在論の素朴さには霹靂させられる……俺は、俺はいつだって感触を、肌触りを求めてきた」

 そういうと黒外套の杖は地面に叩きつけられる。風が吹き、外套のフードが払われる。そこに銀の長髪と苦痛に醜く歪んだ渋面が露になる。彼は、震え、歯噛みしながらあなたを見つめていた。